北摂多田の歴史 

「多田八景」

塩川伯耆守国満公自筆の八景詩歌

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「多田八景」と「近江八景」の対比


「大井晩鐘」
(猪名川町東光寺)と「三井晩鐘」




「銀山夜雨」(猪名川町銀山)と「唐崎夜雨」



「民田落雁」(猪名川町民田)と「堅田落雁」



「蓮花寺秋月」(三田市蓮花寺)と「石山秋月」



「立川夕照」(川西市山下立川)と「勢多夕照」



「多田院帰帆」(川西市多田院)と「矢橋帰帆」



「平野暮雪」(川西市平野)と「比良慕雪」



「四つ辻青嵐」と「粟津晴嵐」







塩川伯耆守国満公自筆の八景詩歌

塩川源太宗覚(運想軒)元服 謀反の疑いをかけられる

天文十八年(一五四九)正月、多田塩川城(獅子山城)では新年の儀式の後、塩川弾正忠太郎左衛門尉国満の五十歳の祝賀があった。八日、塩川弾正忠国満の長男宗覚(運想軒)は出家を取りやめ、吉川の高代寺に参詣し薬師院において元服した。烏帽子親は吉川左京大夫頼長で、塩川右京進頼国(光国)と号した。塩川弾正忠国満に無断で行われ、吉河城主吉川豊前守定満が諸事をつかさどった。二月、塩川弾正忠国満は三屋七郎と吉川弾之助に命じて右京進頼国(宗覚)を捕え多田院ノ方丈に押篭め殺害しようとした。正室種子ノ方を始め宗覚の一族は国満に詫びたが、しばらく多田院方丈にその身を預けられた。塩川弾正忠国満の側室は我子源次郎を塩川家の正嫡にしようと企み、吉川頼長が烏帽子親となって宗覚を元服させて塩川家を継がせ、国満を殺して塩川家を乗っ取ろうと企んでいると讒言したのである。宗覚は源太と号し塩川弾正忠国満の正室種子ノ方(細川晴元姉)が生んだ塩川家の嫡男であり、宗琳叟(種満)から塩川家の系図一巻を与えられていたが、種子ノ方の実弟である管領細川晴元の勢力が弱体化すると、伊丹の室が正室種子ノ方を侮る様になっていたのである。七月十四日、昌光(秀満)の五十回忌を永琳和尚が修した。

塩川弾正忠国満の正室種子ノ方出家

同年七月、塩川弾正忠国満の正室種子ノ方(右京進頼国の母)は我子頼国の助命嘆願をし、山本の喜音寺に入山された。喜音寺は天文元年に塩川豊前守種満により創建された寺であるが、塩川弾正忠国満は尼公を憐れみ喜音寺の開基とした。「嶽室理高尼」の法号がその人となりを表している。喜音寺の過去帳には「摂州笹部城主塩川伯耆守国満女・天文十八年七月二日」とあり、「女」を「ムスメ」と読み、「天文十八年七月二日、出家」を命日としたことで後世誤解が生じている。「八景詩哥」は塩川伯耆守太郎左衛門国満が種子方に送ったラブレターである。



塩川伯耆守国満・作の自筆「八景詩哥」 (喜音寺所蔵)

   
「八景 詩哥 塩川國満公之御真筆也」


「八景」 漢詩と詩歌 塩川伯耆守国満が作り、喜音禅尼となった妻に贈るラブレター。伯州の寂しい心の内が読み取れる。
 塩川伯耆守国満は側室の讒言により正室種子の生んだ嫡男を謀反の罪で廃嫡し、側室の生んだ次男を嫡男にした。正室は喜音寺に出家し、側室が継室となった。伯州は種子ノ方を憐れに思い、後悔したがもはやどうにもならなかった。喜音禅尼となった正室種子ノ方に寂しい思いを伝えたかったのであろう、此の「八景詩歌」を贈ったのである。


漁村夕照
薄暮沙汀哉乾鴉 江南江北閙魚蝦呼童 買酒大家酔臥耆 西風舞萩花
薄暮て汀の砂にカラスが水を求めて騒ぎ あちこちで童が魚やエビをとり、大家(この私は)が酒を買い(貴女を思い)酔って寝そべり、さみしい秋風に萩花が舞っている。
なみの色は いり日の跡に なを見えて いそきてくらき 木かくれのやと


遠寺晩鐘
雲庭不見梵王実 願之鐘聲祈晩風 此去上方猶遠近為言唯在此山中
貴女のいなくなった庭には安らぎがなく 静寂を願う鐘の音が晩風に鳴り響いている その音が貴女のいる山にも届いているだろうか。
くれかかる 霧よりつたふ かねのこゑに をちこち人も みちいそくなり



瀟湘夜雨
先自空江易断腸 凍雲粘面湿黄昏 弧燈篷裏聴簫葱 祇伺竹枝添深痕
風光絶佳なところも断腸の思いで黄昏の雪が降りそうな寒空に陰湿な空気が漂っている。狐火を灯した篷舟から葱笛が聞える。御主神に竹枝詞を添えて恨み言を述べる。
ふねよする なみの聲なき 夜にのるを とまよりくたる しつくにたくる



江天暮雪
雲淡天仰糠玉藝 扁舟一葉寄吟身 前灣㗑輙数聲櫓 穎是山陰乗興人
夕暮れの雲は淡く天を仰ぐと糠玉をふりまいたような雪 一艘の小舟で詩人が哥を読み 入り江の前に数の聲櫓が響き 是の先の山陰に人が乗り興じているようだが・・・私の心は晴れない。
あしのはに かくれる雪も ふかきえの みきはのいろは ゆふへともなし


遠浦帰帆
鷺勇青山一抹の秋 潮平銀浪接天流 帰漸入葱花去 在家夕陽江上頭

南に渡る鷺が勇み立ち青山は一抹の秋 潮は平らかに銀浪は遙か天に接して流れ 周りを囲む葱花は徐々に散り 江上の夕陽が世俗の家並みの頭上に映えている。
かせむかふ 雲のうきなみ たつと見て つりをぬさきに かへるふねふね


涸庭秋月
西風剪出暮天霞 萎傾煙波浴桂花 漁笛不知羈客恨 直吹寒顥通葱花
すでに西風が吹きすさみ暮天に霞が出で、煙波は萎え傾きキンモクセイの匂いが漂う、漁り笛は羈客の恨みなど知らず 葱の花を揺らす西風を直に受けてひたすら馬を走らせる。
秋にすむ 水すずましき さ夜ふけて 月をひたせる おきつしらなみ


平沙落雁
古字盡空淡墨横 幾行秋色下寒汀 葱花誤作衡陽雪 惜伺斜陽刷涼

昔の字名が尽く淡墨のごとく空に横たわり、行秋の気配が幾重にも寒汀に下る。時期を過ぎた葱の花に雪が積もり、昔の楽しかった頃を思い出してはまた貴方を訪ねたいという思いを矢羽根で拭い去っている。
まつあさの あしへのともに さそはれて そらゆくかりも 又くたるなり


山市青嵐

一竽酒沛斜陽裏 数蔟
人家煙障中 山路酔眠帰者晩 太平無日不春風
笛の音に酒を汲む、陽が山の端に傾き 仕事から帰った人々が群がり人家から煙が立つ ある人は帰る山路で酔い潰れ如何にも平和だが 私には春風は未だ吹いてこない
松たかき さとよりうへの みねはれて あらしにしつむ 山もとのくも



(注) 
「西風」 薄ら寂しい秋風。「東風」 温かい春風。 「南風」 夏の暑い風。 「北風」 冬の寒い風。

「竹枝」 その土地の風俗などを民謡風に詠じたもの。唐の劉禹錫が朗州に左遷されたときに、その土地の歌にひかれて作った「竹枝詞」に始まるという。

「梵王」 梵天のこと。浴界を離れた寂静清浄の天。

「瀟湘 しょうしょう 瀟水と湘水。湘水は湖南省の洞庭湖に注ぐ。瀟水はその支流。このあたりは風光絶佳で、瀟湘八景の名がある。

「涸庭」 水涸れの庭 涸れ庭

「山市」 山に現れる蜃気楼。キツネタチ【季節・春】




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